7 情報の反意語は何か
建築ITコミュニケーションデザイン論 第7回
本江正茂
2013年5月29日水曜日
日常語としての「情報」その意味の広がり:「情報」の反意語は何か?
情報という「概念に対して付与されるイメージが多様であるために,話が混乱することも少なくない。」「情報という言葉の与えるメンタルなイメージが,各人ごとに異なっている」点に問題がある。しかし「強引に(かつ一元的に)整理すると今度は「情報」という語の持つ立体性を損なう」。「根源的な問題はむしろ,何を情報と捉えるかという前提,考え方,世界観にあるのではないだろうか。」(田畑)
「現実」の反意語? 理想、夢、虚構(見田)
1. 情報 対 物質
- 質料(しつりょう, matter)と形相(けいそう, form)/アリストテレス
- 質料に一定の形を与えて、一個の現実的存在者として成立させる構成原理。これを、プラトンは事物から超越する原理とし、アリストテレスは事物に内在する原理とした。
- 「青銅の球」では青銅が質料で球が形相
- アトムとビット/ネグロポンテ
- メディアとメッセージ=物質的媒体と内容
2. 情報 対 オリジナル(本源)
- 何かの複製が情報である。
- 「複製可能であり,かつ,複製された後もなおもとと同一の状態を保つようなものについて,その複製された内容である」(野口悠紀雄)
- 言語やデジタル表現の場合,オリジナルとコピーの差がない。
- 「シミュラークル」(ボードリヤール)
- 「アウラ」(ベンヤミン)
3. 情報 対 現実
- 現実 vs メディアが捉えた「疑似現実」(リップマン)
- 「疑似イベント pseudo-event」(ブーアスティン)
- real vs virtual
4. 情報 と ノイズ,
- 情報とは「不確実性を減らすもの」(シャノン)
- 意味ではなく正確な伝達にのみ関心。S/N比
5. データ,情報,知識,(知恵)
生な「データ」→加工→「情報」→分析・理解→「知識」→統合・連携→「知恵」
6. 情報 対 虚無
- 情報一元論(すべては情報である)
- (1)完全な情報一元論:世界のすべてが情報である。
- (2)人間中心の情報一元論:「五感に感ずるあらゆるものが情報」(加藤秀俊)
- Q:誰もいない森の中で木が倒れたとき,そこに音はあったと言えるか。
- Q:誰も直接命じていないのに,コンピュータが勝手に蓄えて処理し,人目に全く触れる可能性さえもないデジタル符号は情報と言えるか?
情報の反意語の図示
- 原点:「情報」
- 横軸:抽象的か具体的か
- 縦軸:完結的(自律的)か断片的か
- 第3の軸:存在/非存在
情報と計算
物質とエネルギーから「情報」へ
- アインシュタインの特殊相対性理論(1905)
- ハイゼンベルクの不確定性原理(1927)
- ゲーデルの不完全性定理(1930)
これら三つの理論はすべて「本質において,それらのおのおのは,論理分析と数学という道具を用いることによって,私たちの周りの世界について私たちが知りうることには限界があるということを主張」(カスティ)
「科学の焦点として,情報が物質とエネルギーに取って代わることの始まり」(カスティ)
[Claude Shannon『通信の数学的理論』 1948]
The fundamental problem of communication is that of reproducing at one point either exactly or ap- proximately a message selected at another point. Frequently the messages have meaning; that is they refer to or are correlated according to some system with certain physical or conceptual entities. These semantic aspects of communication are irrelevant to the engineering problem.
- 「通信の基本的課題は、ある地点で選択されたメッセージを正確または近似的に別の地点で再生することである。」そして「意味」(=有用性)は関係ない。
- あらゆる情報は数値に置き換えて表すことができる。情報の符号化。
- 情報量=エントロピーは確率によってのみ決まる。
- 事象Aが起きる確率P(A)の時、情報量 I(A)=log(1/P(A))=-logP(A)。
- 起こりにくい事象(=生起確率が低い事象)の情報量ほど値が大きい。
- 対数の底が2の時、単位はbit (または「シャノン」。あまり使われないが)
- e.g. コイントスの情報量は1bit。
- e.g. トランプでハートのエースを引く事象の情報量は log52=log4+log13=log(4x13)。情報量の加法性。
- 「情報エントロピーが大きい状態とはこれから得る情報のありがたさが大きいということ」(高岡p.67)
- シャノンの通信モデル 価値ある情報を高速に正確に送る
「コンピュータ」の概念の変遷 鈴木健
(1) 万能機械主義の時代 1936-
- チューリングマシン(1936) by Alan Turing。単純なルールでなんでも計算できるuniversalな仮想的計算機。プログラム自体をデータで示せる=チューリングマシン自体を数として表すことができる。
- チューリングテスト(1950)知性のシミュレーション
- AI: Artificial Intelligence 人工知能
- 世界全体が巨大な計算機のうえのシミュレーションであるという思想。計算万能主義。
(2) 身体環境主義の時代 1968-
- 身体をもった人間とインタラクションする相手としてのコンピュータ、HCI
- [The Demo(1968)by Douglas Engelbart]
- 「メディアをつくるメディア」「コンピュータ・リテラシー」「すべての人々がメッセージを作るだけではなく『メディアを作る』ことができるようになるためにはどうすればいいか」by Alan Kay
- IA: Intelligence Amplifier 知能増幅
- 身体=コンピュータ=環境 全体がひとつのコンピュータという思想。
(3) ネットワーク主義の時代 1995-
- "The network is the computer" Sun Microsystemsの社是 (1982)
- ["As We May Think" by Vannevar Bush (1945)]
- 「コンピュータとは,「計算する機械」という意味から,「世界のなんらかの自然現象をノードとして切り出してネットワークでつなぎ,入力に対する出力として人間にとってある種の意味作用を安定的に形成できるもの」へと変容しつつある(鈴木, p.184)」
- computer network > human network > social network e.g. 集合知,Wikipedia
情報と場所
- これがあれを滅ぼす/ヴィクトル・ユゴー『ノートル=ダム・ド・パリ』
- 聖書がカテドラルを滅ぼす。
- 情報は場所に依存しない? 情報の流動性,偏在性 vs 場所の固定性,唯一性?
Re-Place-ing Space
- Space is the oppotunity; place is the understood reality.
- While space have up and down, left and right, places have yesterday and tomorrow, good and bad.
- Places, not spaces, frame appropriate behavior.
- Places have social meaning.
- The distinction is rather like that between a ""house" and a "home"; a house might keep out the wind and the rain, but a home is where we live.
参考文献
- 田畑暁生「情報の反意語は何か?:反意語から捉える情報概念の構造」日本社会情報学会『社会情報学研究』第3号,1999.
- 見田宗介『現代日本の感覚と思想』講談社学術文庫, 1995
- ヴィクトル・ユゴー『ノートル=ダム・ド・パリ』潮出版社 ,2000
- Steve Harrison, Paul Dourish, Re-Place-ing Space: The Role of Place and Space in Collaborative Systems, CSCW'96, 1996, [http://www.ics.uci.edu/\~jpd/publications/place-paper.html]
- ジェイムズ・グリッグ『インフォメーション:情報技術の人類史』新潮社, 2013
- 高岡詠子『シャノンの情報理論入門』講談社ブルーバックス,2012
- 鈴木健『なめらかな社会とその敵』勁草書房, 2013
- ジョン・L.カスティ『プリンストン高等研究所物語』寺嶋 英志訳,青土社,2004
- [Shannon, Claude Elwood, and Warren Weaver. The Mathematical Theory of Communication. Urbana: University of Illinois Press, 1949]