5 身体と空間(2)
意味や価値は世界のどこにあるのか? 建築ITコミュニケーションデザイン論 第5回:
本江正茂
2013-05-15(水)
サイボーグと身体
テレビ番組「NHKスペシャル 立花隆 ヒトはどこへ行くのか」(NHK, 2005)を見つつ。
- 脳は機械に合わせて進化する 人工耳
- 脳が機械で調整される パーキンソン病
どう考えますか? 精神/物質、脳/身体、生命/環境、Human Enhansment
意味や価値は世界のどこにあるのか?
近代科学的唯物論=世界は物質の配列にすぎない。
→物質それ自体には感性も価値も目的もない。つまり意味がない。
→意味や価値は「精神の世界」に生じる。物質の世界と精神の世界の分裂。存在論から認識論へ。
アリストテレス(自然の意味は知覚される) vs
- ガリレオ(知覚的に把握されるのではなく,知性によってのみ理解される性質)
- デカルト(「精神的洞察」知性によって捉えられる「幾何学的延長」)
問題:色彩はどこにあるか?
→二極化
- 知覚主観の感覚。目に入る光刺激を処理する神経の性質
- 物体表面の微細構造が有する反射率性質にミクロ還元
精神→脳と神経
「物理主義的な存在者の限られた性質から、「有意味」な環境を「構成」して認識する知性のからくりを、主体に、あるいは脳に帰属せざるを得なくなってしまった」(染谷、p.89)
「ヒトや生き物を取り囲んでいる意味や価値を、何かに還元することなく、取り囲みの中にあるがままに取り扱うことのできる自然科学、そしてそれを支える哲学――特に存在論――が未だに出現していない」し、「生活資源としての意味や価値を従来の物理学や化学がまだ踏み込んでいない高次の事実として正当に扱うことのできる環境の科学が構築できないでいる」(染谷、p.87)
「取り囲まれる生物の知覚と行動につり合った生態学的水準での」環境存在論はいかに可能か?
環境世界論 ユクスキュル
機械的環境論 環境=「われわれを取り囲み、一定の刺激によって作用する客体的な体系」=環境は単一の均質な時空間。=環境は客体的な容器=私は環境の主体ではない。環境改善=容器の修繕という思考
ヤーコプ・フォン・ユクスキュル(1864-1944) エストニアの生物学者
生物はそれぞれの「意味の担い手」たる「知覚標識」からなる「環境世界」を生きている。
- ダニ(酪酸!→落下→衝突!→這い回る→体温!→血を吸う)
- ゾウリムシ(衝撃!→退避、腐敗バクテリア!→食べる)
- ウニ(暗い!→トゲをのばす)
- コクマルガラス(止まっているバッタは見えない)
- イタヤガイ(天敵ヒトデの動きのリズムだけに反応して逃げる)
- ミツバチ(☆+に反応、○□は無視=花と蕾。)
アフォーダンス J.J.ギブソン
affordance 環境が動物に提供する「価値」。J. ギブソンの造語。
- afford ~できる、~を与える。
- 事物の物理的性質ではなく、動物にとっての環境の性質。
- 知覚者の主観が構成するのでもなく、環境に実在する、知覚者にとって価値ある情報。
- e.g. 紙のアフォーダンス:破れる、包める、丸めて投げられる、はじいて音を鳴らす……
- アフォーダンス by 佐藤雅彦 「いかにも……」
- 「取り囲まれた動物の特定の行動可能性を促進または抑制する行動資源」(染谷,p.94)
ギブソンの表面幾何学
Surface Geometry:サブスタンス、媒質、表面。表面レイアウト
「知覚者でありかつ行為者であるテナントは、表面レイアウトとしてのリテイニアーと、表面レイアウトがテナントに提供する行為の可能性としてのアフォーダンスを特定する情報場(媒質)とに取り囲まれている」(染谷, p.95)
アフォーダンスへの誤解
- 反射や反応を引き起こす「刺激」ではない。探索し、発見・獲得される「情報」である。
- 知覚者が内的にもつ「印象」や「知識」などの主観ではない。
- e.g. 食べられるか否かは食欲と関係ない。
- 関係のとりかたによって、その都度出現したり消えたりするのではない。
ドナルド・ノーマン『誰のためのデザイン』のアフォーダンス
- デザイン業界に「アフォーダンス」の概念を紹介
- ギブソニアンから批判→「知覚されたアフォーダンス Perceived Affordance」に訂正された(1999)
- ギブソン「座れる/座れない」という物理的事実
- ノーマン「座れそう/座れなさそう」という情報
- → "Signifier, not affordances"
知覚システム
- ミクロな受容器ではなく、マクロに組織された身体によって知覚はなされる。
「等価」で「冗長」な情報を複数のシステムで知覚している。e.g. 「火」「食べ物」
基礎定位システム
- 聴覚システム
- 触覚システム
- 味覚–嗅覚システム
- 視覚システム
持続と変化
動くことによって、動かない構造を見いだす。
- 変化の中の不変項 invaliant
- 知覚の恒常性 consistency
- 「設定不良の逆問題」答えから問題を作り出す。7=x+y
- 次元が足らない情報を増やすために動く。3D の世界を2D の網膜でとらえる。
- 固視微動。じっとしてても目は動いてる。動きを止めるとホワイトアウトして像を結ばない。
- 世界の肌理、縁の発生:渡辺啓太 TextureWorld
情報ピックアップ
古典的な感覚作用にもとづく知覚モデル:刺激→「受容器」で「反応」→脳による処理→「情報」の生成。
↓さまざまな難問。感覚の限界という牢獄、恒常性、生得的能力、経験の体制化
情報ピックアップ=情報にもとづく知覚:「情報」はすでに環境にある→「知覚システム」で「探索」して、直接手に入れる。
環境形而上学 バリー・スミス
「有機体がその中で生活しその中を異動する空間領域や空間領域の部分、つまり有機体を取り囲む環境についての一般的理論」「取り囲みの中でのヒトを含めた生物の知覚や行動の研究、取り囲みを実際にデザインし制作する研究が依拠している種種の「取り囲み構造」を統一的に理解するための理論、ないし概念枠組みの構築」(染谷, p.89)
二重穴構造 Double Hole Structure
- リテイニアー(囲みを維持するもの、取り囲む構造物の境界:ほら穴の表面群)
- 媒質(取り囲む穴を満たしている:空気)
- テナント(内部の穴を占拠している占有者:熊)
曖昧な Fiat 境界
- 境界は4つの類型:全閉鎖、半閉鎖、半曖昧、全曖昧
- 取り囲みそのものを空間記述の基本単位とする⇔ 点、線、面による数学的記述
「建築とは、壁や床や天井という通り抜けできない表面群と通り抜けできる媒質からなる取り囲みを、その中での知覚と移動を一定に制限するような機能を持つように作り出す作業」(染谷,p.91)
「本稿が擁護する(引用者註:アリストテレスの)存在論へのアプローチ方法は、原子ではなく、通常の日常的活動においてわたしたちを取り巻いているメゾスコピック(=中間的)な事物から出発する。それは世界を、具体的かつ個別的な原子からなる存在として捉えるわけではなく、抽象的な(ひとつあるいは任意の段階から成る)「性質」や「属性」として見るわけでもない。むしろ世界はあなたと私によって、あなたの頭痛と私のくしゃみによって、あるいはあなたの闘争と私の戦いによってできあがっているのである。」(スミス, p198)
環境と自己
環境を知覚することと、自己を知覚することは、相補的。
エコ・メトリクス(生態学的測定法)
- 登れる?=股下×0.88
- すり抜けられる?=肩幅×1.3
- くぐるかまたぐか?=股下×1.07
- そのペンに手が届くか?=身体の寸法+柔軟性
建築はなぜ四角いのか? →人間が「直方体」であるから。(ボルノウ)
子供には三角より四角が描きやすい ?
ヒューマンスケール
- 距離や空間の尺度に人体寸法を使う。 e.g. 尺(303mm)、間、坪、yard (914mm)、foot (304.8mm)
- どこまで見えるか。表情16m、一体感80~90m
- どこまで聞こえるか。よくわかる6m、急に手掛かりがなくなる30m
- どのくらい嗅げるか。洗い髪,皮膚45cm、異性の体臭90cm
- どのくらい触れ分けられるか。指は数mm、背中は50mm
なわばり感覚
- なわばりの意義:えさ場、巣、雌の独占
- 動物: 個体間距離、逃走距離、臨界距離、社会的距離
Personal Space
E.ホール『かくれた次元』/プロクシミクス(proxemics)
- 接触~45cm 至近距離
- 45 ~ 80cm 個人距離
- 80cm~1.2m
- 1.2m~2.1m 社会的距離
- 2.1m~3.7m
- 3.7m~7.6m 公衆距離
7.6m以上
性差 男性は正面を嫌い、女性は横を嫌う
- 年齢差 40歳MAX説
- 体の前と後ろ
- 知人かどうか 電話ボックスに入りきらなくなる
- 文化の差 日本人は大きい、アラブ、ラテンアメリカは小さい
参考文献
- ヤーコプ・フォン・ユクスキュル『生物から見た世界』日高敏隆・野田保之訳、岩波文庫、2005
- 佐々木正人『アフォーダンス――新しい認知の理論』岩波書店、岩波科学ライブラリー12、1994
- 加藤孝義『空間のエコロジー:空間の認知とイメージ』新曜社、1986
- エドワード・ホール『かくれた次元』日高敏隆・佐藤信行訳、みすず書房、1966
- 佐藤雅彦『プチ哲学』マガジンハウス, 2000
- J.J.ギブソン『生態学的視覚論』古崎敬ほか訳、サイエンス社、1985
- オットー・フリードリッヒ・ボルノウ『人間と空間』大塚恵一,池川健司,中村浩平訳,せりか書房,1978
- 境敦史,曾我重司,小松英海『ギブソン心理学の核心 』勁草書房,2002
- 染谷昌義「「認識」の哲学から「環境」の哲学へ」佐々木正人編『包まれるヒト:〈環境〉の存在論』岩波書店,2007
- D.A.ノーマン『誰のためのデザイン?——認知科学者のデザイン原論』野島久男訳,新曜社,1990
- Smith, B. & Varzi, A.C., 2002, Environmental Metaphisics, http://ontology.buffalo.edu/smith/articles/Niche2.pdf
- バリー・スミス「事物とその環境 アリストテレスから生態的存在論へ」『SITE ZERO』No.2, 2008, p.198
- 渡辺啓太 TextureWorld http://www.persistent.org/medialab/WORKS021.html
- fladdict.net アフォーダンスってなんザンス? http://www.fladdict.net/blog-jp/archives/2005/06/post_86.php
- Don Norman "Signifier, not affordances" http://www.jnd.org/dn.mss/signifiers_not_affordances.html
- 上田正文,渡部麻衣子 編『エンハンスメント論争—身体・精神の増強と先端科学技術』社会評論社、2008
- Jane Fulton Suri + IDEO "thoughtless acts?", Chronicle Books, San Francisco, 2005