を読む。
よい本屋のできた棚を見て歩いていると、本に呼ばれることがある。
この本ともそのようにして出会い、棚から抜いて、ちょっと縦長の版型も好ましく思いながら、パラパラと開き、スタインバーグのイラストが引かれていることなど見つけ、なかなかおもしろそうではないか、と考えていると、同じ棚に並ぶレーモン・クノーやミシェル・レリスが、間違いないよと薦めてくるので買ってきた。
ジョルジュ・ペレックという作家ははじめてだ。
エッセイということにはなるだろうが、目からウロコが落ちる鋭い指摘だとか、万感胸に迫る情緒とか、明日にいかせる教訓だとかいうものは全然ない。ほとんど内容はない、といってもいい。
『さまざまな空間』の原題は"Espèces d'espaces"で、タイトルからして言葉遊びである。
身の回りの小さな空間から出発して、章毎に空間をスケールアップしながら、それぞれのスケールの空間についてのエッセイが、文体練習よろしくつづられていって、最後には宇宙にいたる。クリアな同心円構造を持っている。
目次が巻末に置かれている構成にならって、ゴールから逆にスケールダウンしていくと…
空間
世界
ヨーロッパ
国
田舎
街
地区(カルチエ)
通り
集合住宅
アパルトマン
寝室
ベッド
…と来て、一番小さい、話のはじまりは、
ページ
なのである。
「ページ」の章はマラルメよろしく文字が縦横に散らばって、その空間性を示しているものの、普通の、宇宙=都市=身体の同心円コスモロジーからいえば、「ベッド」から「ページ」へという展開は、斜めにずれてる感じが否めない。けれど、ペレックは「ページ」を出発点にした。
アパルトマン、寝室、ベッドへと人間の身体に沿ってブレイクダウンされていく空間と、ページという記号の空間とが強引に同心円構造で並べられていること。若干の違和感も込みでそのことが私には実に興味深く思われた。そこでは、記号の空間と身体の空間がひとつながりのものとして構想されているからである。
このように、この本は書物の構造がおもしろいのだけれどそれだけではなくて、ひとつひとつの章も——先述の通りこれといった内容はないといえばないんだけれど——それぞれにおもしろい形式の実験的な文章が繰り広げられていて、くすくすと笑いたくなるような幸福な感じがって、とても楽しく読めた。何かごく私的なところをくすぐられるような読後感がある。さまざまな文体実験の表情をそれぞれにあたえつつ、全体の軽みを整えた塩塚秀一郎の翻訳の日本語もすばらしい。
なかでも、p.89のスタインバーグが描いた、集合住宅のファサードをはがして、ドリフのコントのセットのようにいくつものアパートの室内を見せているイラストに、何が描かれているかを克明に拾い上げた、延々6ページにおよぶ目録と、そこから妄想的に膨らませた物語を語り始めるくだりはとりわけ面白かった。
ペレックの代表作『人生 使用法』は、まさしくそのようにして書かれたものであるらしい。
確かに書店のシーンを思い返せば、この『さまざまな空間』が私を呼んだ時、左隣に分厚い『人生 使用法』があったのだ。しかし大変な大著で、細かい字の2段組で、いきなりこっちは無理だぜと思った。それで、まずはスリムな方から手に取ったわけだけど、結局『人生 使用法』にいくしかないようだ。あの棚の本たちは、してやったりと思っていることだろう。