を読む。
奥出 直人『デザイン思考の道具箱―イノベーションを生む会社のつくり方』早川書房、2007
いまや知識はコモディティになってしまっており、企業の競争力を決めるのは「デザイン思考」による「創造性」だ、という。奥出のいう「デザイン」はもちろん商品の色や形を決めることにとどまらない広い意味だ。
本書ではIDEOやその最新作?スタンフォード大学のDスクールなどの動きを紹介しつつ、自らのデザイン・コンサルティングの経験に即して、創造的なデザイン・プロセスの実践的な方法論が語られる。前半までは気の利いたビジネス書には書いてありそうな話なのであるが、迫力があるのは後半の実践編である。
奥出の手がけたデザインの内容は守秘されていて具体例にならないのが隔靴掻痒なのだが、それでもデザインをしている現場を経てきたからこそ出てきた言葉だと思われるものが散見され、本書への共感につながってくる。p.193の掃除の話など、いささか唐突に読めるところでもあるが、「たしかに掃除は大事」と、工房を管理したことのあるものは誰もがうなずくに違いない。
奥出プロセス論のエッセンスは「創造のプロセス」と「創造のプラクティス」のp.113のダイアグラムに尽きている。
私にとってヒットしたのは、デザインプロセスの最上流において、「哲学」と「ビジョン」と「コンセプト」をクリアに分節して説明してあるところだ。これらの概念がうまく整理されずに、チームの中で渾然と使われていることが多く、それがプロセスを妨げていると感じることが多々あるので。
デザインプロセスの最上位にあるのが「哲学」。これは「社会的背景やつくり手の経験を含めた「問題意識」であ(p.87)」って、デザインプロダクトをそもそも何のためにつくるのか、なぜつくるのか、を端的に述べるものである。形は「かくありたい」という高尚な肯定文で表される。
つづく「ビジョン」は、「哲学」にそって具体的にイメージされた欲望であり、文末は必ず「〜したい」となる。マーケティングでいうところのニーズではなくウォンツが「ビジョン」である。
たとえば、iPodの哲学は「人はいろいろな音楽を自由に楽しみ人生を豊かにする権利がある」である。ビジョンは「自分のCDコレクションを持ち運べる“ウォークマン”が欲しい」である。(中略)一方、ウォークマンの哲学は「人は最上の環境で音楽を聴くことが人生の幸せである」で、ビジョンは「持ち運びができる高性能“HiFiステレオ”が欲しい」である。(前掲書、p.91)
ビジョンの発見の、次に「技術の棚卸し」と「フィールドワーク」による経験の拡大というプラクティスを経て、「コンセプト」を構築することになる。
奥出はビジョンとコンセプトを峻別することが重要だという。ビジョンは「発見」され、コンセプトは「構築」される。こういう言葉遣いが重要だ。奥出はコンセプトを次のように定義する。
コンセプトとは、ビジョンを可能にするために具体的な技術を組み入れて検討した解決策のことだ。(p.96)アイデアをいくつか組み合わせて、具体的にどのような技術でそれが可能になるのかを検討したものを「コンセプト」と呼ぶ。(p.98)
アイデアをもとに、ビジョンを実現する具体的な方法とその構造がコンセプトなのだ。(p.99)
そして
出てきたアイデアからコンセプトをまとめる作業はリーダーがおこなう。この能力を身に付けるにはある程度の経験が必要である。アイデアのパターンを見いだしてそれを特定の技術と結びつける感覚は経験で身に付けるしかない。(p.100)
ともいう。
「コンセプト」における技術的裏付けを重視しているのは、モノをつくるためのデザインを指向しているからだ。
複数の適切な「コンセプト」が「ビジョン」によって方向づけされて、「哲学」に示された問題を鋭く照射するプロダクトがよいプロダクトである。
これを読んで、私の手元での実践として、卒業設計にとりくむ諸君のためのキックオフトレーニングの方法を考えてみた。追って書きたい。