という催しで講演をしてきた。「まいく郎」というのはバスプラスワン社製の図面管理用のソフトウェアで,今日はそのソフトのユーザやベンダの集まり。情報共有がテーマだということなので,にわか勉強で「ナレッジマネジメント」の話をすることにした。
近頃KMなんてえことをいいますが,そもそも「知識」ってどんなもの?
具体的だけど断片的な「データ」をとりまとめたものが「情報」で,さらに完結的かつ抽象的にしてったものが「知識」,という三段階に整理するってのがひとつの構図。調子にのって,その先には「知恵」があるなどというとちょっとジジくさくなるので言わない。
映画『レインマン』でダスティン・ホフマンがやってたようなサバン症候群の人の超人的な能力には誰もが驚嘆するが,それを「知識」とは言わない。たとえ1348年9月3日が何曜日だったかを即答することができたとしても,話がそこで閉じており,どこにもつながらないるからである。逆に知識のある人は,「それってこれでしょ」「あれってこれかもよ」というふうに,話を開いてドンドンとつないでいく。知識は実体概念ではなく関係概念なのである。
知識には暗黙知と形式知がある。両者のダイナミックな相互転換を通じてスパイラル上に知識が創造されるというのが野中郁次郎のSECIモデル。なんにせよ知識が生き生きとしているためには暗黙知と形式知の行き来が必要である。
じゃ,インターネット時代の知識はどうなってますか。
Googleで「知識」を引くと約5,500,000件ヒットする。インターネットにのるのは形式知だけである。ここに猛然とあらゆる形式知が集積され,相互に接続されていく。知識ってのは関係そのものだから,形式知はネットワークのなかで関係しあうことで,ますます自己増殖していく。
Google Maps。これはGoogleとゼンリンとタウンページの連合である。インターネット最強の検索エンジンと日本で最も詳細な地図と最も網羅的な住所録による強者連合だ。データベースとデータベースがネット上でリンクしあうWeb2.0。Googleは惜しげもなくAPI公開。もう誰も自分でGISをスクラッチでつくったりしない。そして形式知がGoogleのインフラの上にさらに集積していく。
Google Mapsは,ネットの情報が実世界の空間の上に再配置されていくという事態の先駆けにほかならない。形式知のネットが,実世界に覆いかぶさってくる。RFIDタグもまた,実世界をグーグル世界に接続するためのキーとなる技術である。ミューチップとGoogle Mapsは裏表なのだ。
EPIC2014。Googleとamazonが合併してGooglezonになって情報世界に君臨するという近未来物語。グーグルゾンという響きに最初は笑うが,でもありうるなーと皆が感じてしまうリアリティ。10年前くらい前,MITメディアラボのネグロポンテがパーソナライズされた新聞 The Daily ME が作られるんですよって言ってるのを聞いた当時は,可能性としてはあるよなあ,と思ってた。それが実現しはじめてる。Google Newsをカスタマイズして,SNSに閉じこもり,お気に入りのblogのRSSをみてる。イッツアスモールワールド。
高速道路とその先の大渋滞……という卓抜な比喩を将棋の羽生善治が使う。昔は師匠についてじっくり学んだ将棋だが,今や誰もが効率的に将棋をマスターできるようになった。あっという間に強くなる。高速道路を走るように。でも皆で同じように学んでいるから,出口で詰まってしまう。ハイレベルだが結局ドングリの背比べ。大渋滞。そこから抜け出るには,また別の力が必要である。
水平で羅列的な世界。暗黙知と形式知の相補性の均衡がくずれ,形式知だけが爆発的に増殖していく。そこで起きているのは,形式知を暗黙知に回収する経路の衰退ではないか。ナレッジマネジメントというからには,知識をトータルにあつかいたい。しかし,今マネージしてんのは形式知だけだ。暗黙知はどうするよ? 両者の相互転換が失われると,知識は創造できないんじゃないの? ヤバくね?
どうすればいいかは私もわからない。
大事なのは環境と身体との相互作用だろうとは思う。そう思いながら,仲間たちと二冊の本をつくった。『オフィス・アーバニズム』と『プロジェクト・ブック』。これらは環境と情報のデザインをめぐる我々の経験から生まれた双子である。今日の文脈に即していえば,これらは,環境と行為のデザインを通じて,暗黙知と形式知を接続する経路を確保しようとする試みであるらしい……と,ここまでしゃべって気がつきました。
おわり。
というような話で,一時間。
ごく最近の私的関心事を結び合わせてストーリーにしてみた。
バスプラスワンの天神さん,石曽根さん,ほか皆様,よい機会を与えていただいてありがとうございました。
台風の後を追う生暖かい風の強い日。
ものすごい夕焼け。