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『『感情教育』歴史・パリ・恋愛』

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小倉 孝誠,『『感情教育』歴史・パリ・恋愛』みすず書房,2005

フロベールの『感情教育』の読解である。様々な分野の古典的名作を高校生にもわかりやすく3回の講義録の形式でまとめる,みすず書房の「理想の教室」シリーズのひとつ。ほかにも『白鯨』や『こころ』などの小説,映画ではヒチコックの『裏窓』なんてのもある。他のも読んでみたい。

フロベールの『感情教育』は,1840年代のパリを舞台として,青年フレデリックの生活を通して「同世代の人々の精神史」を描こうとした風俗小説。本書はこれを,二月革命に関わる歴史,舞台となる都市空間パリ,アルヌー夫人や娼婦ロザネットらとの恋愛の3つの視点から読解しようとする。各章のはじめに関連する部分の抜粋が掲載されており,おってその部分が詳しく論じられるという形式。これらの引用部分は『感情教育』のハイライトでもあるから,元の本を読んだことがなくても楽しめるだろう。


「19世紀のパリ」と我々は簡単に口にするが,その様相は一色ではない。1840年代を舞台にしている『感情教育』は,1869年に刊行される。この20年ほどの間に,パリには劇的な変化が起きる。1853年,ナポレオン三世にセーヌ県知事に任ぜられたオースマンが,この第二帝政が崩壊する1870年までの17年間に,大掛かりな「パリの外科手術」を行うのだ。オースマンは,中世の町をなぎはらってバロック的な都市軸線を構成する大街路を貫通させ,市場や鉄道駅を配置し,公園や庭園を整備した。ベンヤミンが「19世紀の首都」とよび,我々がよく知るパリの姿は,基本的にこのときに形成されたものだ。つまり,フロベールの『感情教育』は,オースマン直後の市民にむけて,オースマン直前のパリを示すものだったのである。

激烈に変化するパリの街を,しかしあてどなく「遊歩」しながらも,フレデリックは,革命にもビジネスにも芸術にも恋愛にも,時折意欲を見せはするものの,意志を持続することができず,曖昧な挫折を繰り返し,ついに凡庸なブルジョワ生活に埋没していく。このフレデリックのダメぶりがとても「現代的」だ。全然ロマンティックではないのだ。

私が『感情教育』そのものを読んだのはもうずっと前のことで,本書を読み進みながら,そうだったそうだったとやっとかっと思い出していたくらいであった。ほとんど覚えてもいない小説についての読解本を,しかし読もうと思ったのは,書店で『『感情教育』歴史・パリ・恋愛』という書名を見て,神経がピシピシと発火した感じがあったからだ。この直感は裏切られることなく,とても楽しく読むことができた。こういうタイトルを自分の授業や書くものにもつけたいと思うし,それを裏切らぬ内容を展開できるようでありたいと思う。

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2005年07月18日 22:49に投稿されたエントリーのページです。

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