4歳になる息子が絵を描いている。
丸は簡単にかける。ぐるっと描く。
四角も描ける。辺はへろへろしてはいるが,くっきりと折れた角のある四角を描いている。
さて,三角が描きたいのだけれど,これが,なかなか思うように描けない。角を描くときに,どうしても直角になってしまい,三辺めが最初の辺と平行になってしまうのである。だからもう一度角を折って,最初の辺をつかまえにいく。むすばれた!と思うと,描けているのは四角形である。それで,彼は怒っている。さんかく,かけなーい。
みかねて手を添える。角の部分で,直角よりもさらにぐっと鋭角に方向を変えることを教える。彼にとっては,これが非常に不自然なことのようで,運筆が難しいらしい。指導の甲斐あって,ようやく一人でも三角が描けるようになったのだが,正三角形ではなくて,直角三角形を描いている。最初の角はリラックスして直角を描く,そして,二番目にして最後の角のところで,一気にググッと方向転換し,最初の辺をめざすのである。二度も鋭角を描く緊張を持続できないのであろう。三角ができると満足気である。丸や四角をリラックスして描いているときとは全然違う,してやったり,という顔をしている。
ずっと前,雑談中に学生から,建築ってどうして四角いのばっかりなんでしょうね,という質問があり,即興で,隙間なく空間を充填することが可能な立体のうち,いちばん簡単なのが直方体だから,とまず答え,なぜそれが「簡単」なのかと言えば,人間というか脊椎動物のシンメトリーな身体にとって,前後左右上下ってのは根源的な六方向であって,それぞれに面が対応する直方体はとても自然に認知できる形だからじゃないか,と答えたことがある。即興にしてはこれは我ながらうまい答えだなあと覚えていたのだが,三角に苦戦する息子をみて,このことを思い出した。