を読む。
美崎薫『ユビキタスコンピューティング—未来型コンピュータ環境 夢が現実になった!ユビキタス時代のコンピュータ 』ソフトマジック,2003
この間読んだ『ユビキタスがわかる本』の一年ほど前に刊行されている。『わかる本』は解説モードなのに対し,こちらはよりスピーディーである。「月刊美崎薫の第二弾」と名乗るだけのことはある。
2003年6月の発刊だが,すでに「ユビキタスは流行語になり,死語に向かっている(p76)」と宣告されている。だが,「ユビキ」も案外死に損なっているってのが現状(2004年9月)かもしれない。なぜ死にきれないかというと,新たな見舞客がボチボチと訪れ続けているからだろう。建築学会みたいにね。
日本のものがほとんどであるが,たくさんのユビキ系プロジェクトの事例が紹介されている。ああ,こういうのもあったなぁとなんだか懐かしく読めてしまった。当然失われていくプロジェクトも多いはずで,こうした記録は歴史的価値があろうというものだ。
せっかく生まれた概念を,簡単に死なせてしまうのはもったいないから,ちゃんとお墓をつくっておく。存命中なら時々はお見舞いに行ってみる。テクノロジーは死屍累々の上に花咲く。開発者は皆,死して屍拾うもの無しと心得ている。
コメント (1)
ユビキタスは死語だ、という話は研究者の中でも数年前からちらほらしてました。最近では安心・安全とかも(笑)。
使われ方と死語になってゆく姿はマルチメディアという言葉に近いのだろう、と個人的には思っているのですが、マルチメディアにどういう屍があってどの屍の上に花が咲いたのか、ということを本にしてくれる人とかいないかなぁ、などと思う今日このごろです。ケータイもマルチメディアですもんね。
本江さんとかどうです?(笑)
投稿者: naka | 2004年09月02日 02:25
日時: 2004年09月02日 02:25