を読む。Passion For The Futureで絶賛されていたので手にとった。
樋口裕一『人の心を動かす文章術 』草思社, 2004
「私ほど下手な文章を大量に、しかもじっくり読み、たくさん添削指導した者はいないだろう」という筆者は,予備校や通信教育で20年以上にわたって6万編におよぶ小論文の添削指導を行なってきた人である。本書にはその添削の実例集が載っている。添削の前後で見事に文章がよくなっている。赤ペンの指摘も端的で的確だ。(私も職業柄こうした添削をやるが,こう鮮やかにはできない。添削術も学びたい。)
若者の驚くべき作文能力のなさを悲惨な実例をあげつつ憂い,「日常生活に支障があるほどに文章を書けない」人が多くいる現状を,日本の作文教育の問題だと指摘する。ろくな指導もなしに行事や読書の感想文を書かせておしまい。早稲田の第一文学部を皮切りに,作題や採点が難しい小論文入試の廃止が相次いでいる。教育の場において書くことの大事さが十分に理解されていないことにも問題があるが,それ以上に「作文をテクニックとして考えない態度」が問題だという。日本には,物事をテクニックとして捉えることを好まない風土があるというのだ。
こうして,書き方のテクニックを教えず,個性を出すためのテクニックも教えず,「作文はその人のありのままの姿を現すものだから,飾らずにありのままの自分を書け」という作文教育がなされることになる。文体を飾る,文章の遊びをおこなうという,まさしく文章のテクニックを習得させることを拒み,ある種,精神の修養として作文が位置づけられている。「遠足は楽しかった」「交通ルールを守ることがだいじだ」といった人間としての成長を書くのが作文だとみなされている。
その結果,「個性的に書け」という掛け声とは裏腹に,みんなが同じような道徳的な作文を書いてしまう。稚拙な文章が「子どもらしい」ということで評価されることになる。(p31)
問題の中心は,身もふたもないほどに「テクニック」である。トーンこそ全然違うけれども,その姿勢には『ウケる技術』と通じるものがある。属人的とされてきた技を体系化して列挙し,脱神秘化する。
たとえば,文章にはメリハリが必要であるとし,そのためには以下の五つのテクニックがあるという(p159)。
- 遠景と近景を使い分ける
- クローズアップとスローモーションを用いる
- 短い文と長い文を使い分ける
- 漢字・カタカナなどの使い分けで雰囲気を変える
- 会話で気分を変える
また,「読み手に雰囲気を感じさせるための,とっておきのテクニック」として,心理描写のかわりに,単に情景を描写する方法が示される。「わが家で14年間ともに暮らしてきた愛犬のタロウが死んだ。私はずっと庭にある犬小屋を見ていた。雨が庭の木をぬらして,犬小屋に伝わっていた」というように。「あまり多用すると嫌みになるが,ここぞという箇所でこの手法を使うと文章全体が生きてくることがある。上手に使ってほしい。」
「テクニック」は,それだけを取り出して人から示されると拍子抜けするようなものである。あからさまで身もふたもなく,簡単で,なんだか馬鹿みたいなんである。しかし,自然に「テクニック」が使えるようになるには地道な「練習」が必要だ。筆者は「自転車を練習するのと同じくらいの労力と辛抱を惜しみさえしなければ」文章は書けるようになるという。
だからちゃんと本書には各章末に練習問題がついている。でもこの問題だけじゃ自転車に乗れるようにはならない。もっともっと練習しなくちゃならない。その労力と辛抱を惜しまないようにするためにはどうすればいいんだろう。
自転車は乗れるとすごく楽しい。あ,乗れた,って自分でよくわかる。
文章も自転車と同じように,ある時ふいに,あ,書けた,って感じられるものなんだろうか。
私は大学でデザインを教えている。デザインに,あ,できた,って感じられる瞬間はあるか,と聞かれれば,そりゃあるさ,と答える。答えるけれど,その瞬間に到達するために,どれほど労力と辛抱が必要かを測定するのは本当に難しい。
問題はテクニックである。それにはまったく同意なのだが,テクニックを知ることと身に付けることとの間には大きな懸隔がある。テクニックを身につけさせたい教師として,自らもテクニックを身につけたい学習者として,その懸隔の深さと広さを思う。いつの間にか降り出した雨が,研究室の窓を濡らしていた。
休日出勤なのだ。
コメント (3)
ワロタ
投稿者: 匿名 | 2004年05月09日 22:23
日時: 2004年05月09日 22:23
真夜中に泣かされるとは。
投稿者: inoue | 2004年05月11日 01:54
日時: 2004年05月11日 01:54
今年大学院に入学した姉歯です。その節は(だいぶ前ですが…)
相談に乗っていただきありがとうございました。
属人的な技をテクニックとして抽出する試みといえば、
非常勤の小笠原先生が福祉の場で「できる」といわれている人の
「できる」って何だろう??という研究をされています。
僕もコミュニケーションの時に働く暗黙知に
興味があるのですが。。
投稿者: あねは | 2004年05月14日 12:42
日時: 2004年05月14日 12:42